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福岡高等裁判所 昭和30年(ラ)35号 決定

抗告人 高岸武哲

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人の抗告理由は、抗告人の提出した別紙抗告状の抗告理由記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

抗告人は、債権者が執行力ある正本に基づいて、配当要求の申立をしたときは、その後既存の強制競売申立の取下があつた場合に、開始決定を受けた効力を生ずるものと主張する。

しかし、右のように強制競売手続が取消された場合に開始決定を受けた効力を生ずるのは、債権者が民事訴訟法第六百四十五条第二項に基づいて、強制競売を申立てこれが執行記録に添付された場合に限るものであり、したがつて、執行力ある正本を有する債権者でも、強制競売の申立をせず、単に同法第六百四十六条に基づいて配当要求の申立をしたに過ぎない場合には、既に開始した競売手続が取り消されても、開始決定を受けた効力を生ずるものでないことは、民事訴訟法第六百四十五条、第六百四十六条の規定上明かなところである。

これに対し、強制競売の申立により配当要求の申立をしたものとみなされる場合であると、通常の配当要求の申立をしたに過ぎない場合たるとを問わず、常に既存の競売手続が取消された場合には、開始決定を受けた効力を認めるのが相当だとなす論者は、(一)我が国のように執行につき平等主義を採る法制の下においては、既に差押若くは開始決定があつた以上、執行力ある正本を有する他の債権者は改めて差押若くは開始決定を繰返す要なく、単に配当要求をすれば足りるのであるから、再度の執行を申立てたことにより配当要求の効力を生ずる場合と、単に通常の配当要求を申立てた場合とにより、異別の取扱をするのは公平を失する。(二)有体動産の執行手続においては執行力ある正本を有する債権者の配当要求は照査手続(民事訴訟法第五百八十六条、第五百八十七条)によらなければならないから、既存の差押が取消さるれば右配当要求者のために差押の効力が生ずるし、債権その他の財産権に対する執行手続において、執行力ある正本による債権者の配当要求には既存の差押が取消された場合に差押の効力を生ぜしめている。(民事訴訟法第六百二十条)しかるに不動産及び船舶の場合だけ執行力ある正本を有する債権者の通常の配当要求に差押の効力を認めないのは、動産、債権その他の財産権と、不動産船舶の執行手続とに一貫せざる不合理を生ずるばかりでなく、民事訴訟法第六百二十条第三項の規定は、一般に配当要求の申立には、既存の差押若くは競売手続が取消された場合に差押若くは開始決定の効力があることを定めたものと解するのが相当であるから、債権その他の財産権の執行ばかりでなく、不動産に対する執行手続においても、執行力ある正本により通常の配当要求をした債権者のために、開始決定を受けた効力を生ずるものといわねばならない。ということをその理拠としているようである。

しかしながら、(一)民事訴訟法第六百四十五条第二項の強制競売の申立をして、これを記録に添付された場合と、通常の配当要求の申立をしたに過ぎない場合とを区別せず、等しく既存の競売手続が取消された場合に開始決定を受けた効力を生ずるものだとするならば、何人と雖も、複雑な強制競売の申立をなすの煩を避け、より簡易な形式で事足りる通常の配当要求の申立だけに止めるであろうことは自明であつて、かくては民事訴訟法第六百四十五条第二項の規定は全く空文に帰することとなる。(二)執行力ある正本を有する債権者の配当要求の申立が有体動産や債権その他の財産権の執行手続の場合と、不動産船舶の執行手続の場合とに、その効力において差異があるのは、それ等自体の性質上の差異から生ずるものであつて、民事訴訟法第六百二十条第三項の規定は債権その他の財産権の執行手続において執行力ある正本を有する債権者の配当要求に(既存の差押が取消された場合)差押の効力があることを定めたものに過ぎないから、これを不動産船舶の強制競売手続における配当要求の申立に準用若くは類推することはできない。(三)もつとも、執行力ある正本を有する債権者の有体動産執行手続における配当要求の申立は、照査手続によらなければならない(したがつて、執行力ある正本を有する債権者の通常の配当要求の申立は許されない。民事訴訟法第五百八十九条参照。但し反対説もある。)との見解に立ち、且つ前記民事訴訟法第六百二十条第三項の法意からして、不動産船舶の強制執行手続における執行力ある正本を有する債権者の配当要求の申立も、民事訴訟法第六百四十五条第二項の形式にしたがつて、強制競売の申立をすることを要し、通常の配当要求の申立は許されないと解することができるならば、債権者が通常の配当要求の申立をして来た場合には右第六百四十五条第二項の形式によらしめるよう補正させる余地があるけれども、同条竝びに右第六百四十六条第五百八十六条乃至第五百八十九条第六百二十条の各条文を比較するならば、そのように、通常の配当要求の申立を禁じているとの解釈は困難であり、通常の配当要求の申立と、右第六百四十五条第二項の執行の申立による配当要求申立との二つの途が与えられているものと解するの外はない。しかして、右の如く二つの途を与えたのは、不動産に対する強制競売の申立は有体動産又は債権その他の財産権に対する執行の申立に比し手続が複雑であり、費用もかさむところから、債権者によつては単なる配当要求だけで(したがつて万一既存の執行手続が取消された場合に開始決定の効力が生じなくとも)満足するものもあることを予想してのことである。

以上の次第であるから、本件抗告人の配当要求の申立は既存の強制競売申立の取下により効力を喪失したものと解するので、原決定が抗告人の本件異議の申立を棄却したのは、結局相当であり、本件抗告は理由がない。

よつて、民事訴訟法第四百十四条、第三百八十四条、第八十九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 桑原国朝 裁判官 二階信一 裁判官 秦亘)

抗告の理由

本件抗告の要旨中抗告人が原裁判所に於て主張せる強制執行の方法に関する異議申立事件の理由記載を援用する。然るに原決定(原決定には決定の日が脱落している)は右抗告人の申立を棄却の理由として(一)申立人(本件抗告人を指す)の債権は執行力ある公正証書に基く債権ではあるが競売申立をしたのでなく単に配当要求を為したに過ぎないから既に開始した競売手続が取下になつた場合当然開始決定を受けた効力を生ずると解するわけにはゆかない。何となれば競売の申立には民事訴訟法第六百四十二条第六百四十三条に規定する如く数多の書類を作成提出せねばならないのであつて手続が可なり面倒であるのに配当要求では申立書一、二枚の作成と債務名義を提出すればこと足るからである。(二)強制執行開始の要件として債務名義を債務者に送達した証明を要することになつて居るところ申立人は公正証書の送達証明を提出して居ないから縦令申立人主張のようなことが正当だとしても此の点に於いて競売申立の効力を生ずる余地がない。況んや配当要求だけで開始決定を受けたことにはならないこと前段説明の通りであるに於ておやである。尤も申立人は本件異議申立に送達証明書を添付して居るが、本件競売は冒頭説明の如く昭和三十年一月七日債権者(此の債権者とは訴外競売申立の債権者と抗告人は解す)より取下あり翌八日競売抹消登記済の通知があつたので茲に右事件は終了したのであるから右送達証明書があつたところで一旦終了した事件が復活するいはれはない。(三)申立人は公正証書の送達証明が添付されていないならば符箋返戻又は補正命令若くば申立を却下すべきであるのにそのようなことがなかつたから本件申立(執行力ある配当要求申立を指す)は正当であると主張するが申立人提出の書類は配当要求申立書であつて競売申立ではない。また補正命令は訴状について欠缺補正の規定があるだけであつて競売手続にはこれを準用して居ないし準用する余地もない。なお配当要求については裁判所の所在地に住所も事務所も有しない者は仮住所を選定して執行裁判所に届けることになつて居るが申立人はこの手続を為さず配当要求も本件異議申立も郵便で送付されるので不便少くない。(四)申立人が開始決定の効力を受けないならば始めから手続の簡単な配当要求などをしないで本則通りに競売の申立をすべきである。配当要求は不動産の売却代金から配当を受け得るに過ぎずして競売申立債権者がこれを取下げても開始決定を受けた効力など生ずるものではない依然として配当要求だけの効力しかないのである申立人は執行力ある公正証書に基く配当要求を強調するがこれは債務者に於いてその債権を争い得ないに過ぎない。(五)これを要するに冒頭説明の如く本件競売は債権者(訴外競売申立の債権者を指す)の取下によつて終了したのであると認定されたのである。

然れども前示(一)は違法である抗告人は執行力ある正本による配当要求の債権者であるが訴外債権者親和金融合資会社の不動産強制競売申立によつて原裁判所が競売開始決定なしその正本を債務者鶴田満に送達せられその後抗告人が同事件に対し執行力ある公正証書正本に基き配当要求申立した以上その後に右訴外債権者が右強制競売申立取下したとしても右配当要求に因り開始決定を受けたる効力を生ずるものと解する蓋し執行力ある正本により配当要求を為す者は本来自ら競売申立を為す権利を有するに拘らず他の債権者の申立に基く競売開始決定ありたる不動産に付ては更に開始決定を受くることを得ざるが為に配当要求の方法に依り之が競売の代金より債権の弁済を得むことを企図し居るものなるが故に競売申立取下の結果競売手続終了して配当要求の申立は執行手続として何等効力なきに帰するに於ては配当要求の申立人は更に別個の競売申立を為すか又は他の債権者の別に為した申立に因る競売開始決定を待ちて配当要求を為す等同種の手続を累ぬることとなり訴訟経済の理念にも悖反し且つ配当要求者に対し前の競売手続の終了と後の競売手続の開始との間隙より生ずる目的物逸脱の為不当なる不利益を生ぜしむる虞あるのみならず斯る配当要求の申立は強制競売の申立を為したる者と其の実質に於て選ぶ所なければ既に競売手続開始の決定ありたる不動産に付強制競売の申立を為したる場合に関する民事訴訟法第六百四十五条第二項を類推適用せられるを相当とするを以てなり而して以上は動産に対する強制執行に於て執行力ある正本に因る配当要求をして差押の効力を有せしめたる同法第六百二十条の法意にも副い動産に対する強制執行と不動産に対する強制執行との間に異別なる取扱を為すとの批難を避け正当な結論を得たものと信ずる判例も同様と信念する(東京高等裁判所判事渡辺葆監修帝国判例法規出版社昭和二十八年六月三十日発行強制執行競売法判例総覧追加編二三三頁参照)。

前示原決定の(二)は不当又は違法である送達証明書の添付は強制執行開始の要件ではない従つて確定判決による強制執行の場合に於ては通例その送達証明を添附していない取扱であり抗告人の執行力ある正本に基く配当要求の申立の債務名義は同申立前既に訴外債務者鶴田満に送達済であるよつて原裁判所が異議なく受理していた以上仮令送達証明を缺ぐことあつても事実上送達あらば執行開始は違法でない(東京地方裁判所大正十三年(り)第一四〇号大正十三年四月十七日民事部決定評論第一三巻民訴二八五頁法律新聞二二五五号一七頁参照)から抗告人の前示配当要求申立は訴外債権者親和金融合資会社の強制競売申立取下によつて開始決定を受けたる効力を生ずるものであるから原裁判所が右取下によつて抗告人の執行力ある正本に基く配当要求申立は消滅するものとして競売抹消登記をなし事件終了としたるは違法無効の終了行為であり事件終了とはならない。

前示原決定の(三)は正当でないここに云う補正命令とは訴状についての欠缺補正でなく民事訴訟法第六百五十三条を広義に解釈する命令である又原決定は配当要求については裁判所の所在地に住所も事務所も有しない者は仮住所を選定して執行裁判所に届けることになつて居るが申立人はこの手続を為さず配当要求も異議申立も郵便で送付されるので不便少くないとあるが民事訴訟法第六百四十六条第一項後段の仮住所の届出は執行力ある正本に因らない配当要求申立に適用せられるものであつて抗告人は執行力ある正本による配当要求申立であるから仮住所の届出をせねばならぬ義務者には当らない(民刑局長民刑第一二一九号明治三十三年九月十九日回答参照)

前示原決定(四)は正当でない(五)は違法無効である。

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